人間嫌いの理由〜自称・コミュ障とぼっちが自分を理解するためのリスト50 (プレビュー)

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MMミリオンセラーのヒット作。著作の中で、地味に売れています。 

2013年10月に出版した作品です。 

 

人間嫌いの理由〜自称・コミュ障とぼっちが自分を理解するためのリスト50

 


【目次】 

はじめに コミュ障とぼっちの定義 

1章 「コミュ障」のコミュ障たる所以 

01 人間嫌いになってしまったのは、いつ頃から? どうして? 
02 実は嫌われていなかったのに、「嫌われている」と思い込む 
03 相手の「自分に対する感想」が怖いコミュ障 
04 対人経験の不足により、適切な会話と態度がわからない 
05 急に人が嫌いになってしまう。長続きできない人間関係 
06 道で「知っている人」を見かけても声をかけられない 
07 否定的な発言が自分を攻撃しているように受け取る感受性 
08 知らない人が怖い・自称人見知りやコミュ障 
09 「相手が何を考えているのかわからない」という恐怖感 
10 プライベートではコミュ障なのに、仕事の話だと平気な不思議 

2章 いつの間にかなってしまった「ぼっち」 

11 グループになるといつも空気になるぼっちの辛さ 
12 視線恐怖症〜人とすれ違うのすら怖い 
13 人と話したいのに引きこもってしまう心理 
14 「(都合の)いい人」が途中で嫌になるぼっち 
15 相手の強張った表情を見て、NG発言をしたと自己嫌悪になるループ 
16 孤独が楽なのに、寂しくなって人と話したくなる自己矛盾 
17 人が大好きだったのに、年を取るにつれ嫌いになるのはなぜ? 
18 他人に理想を押し付けて勝手に幻滅するぼっちの身勝手 
19 「自分は周りからキモがられている」という強迫観念 
20 「マイナス」のフィルターに汚染された思考回路 

3章 コミュ障とぼっちの苦悩と盲点 

21 「テンプレ会話」しかうまくできない自分 
22 社交的な面もあるのに急に人間関係をリセット 
23 友達が一瞬でいなくなるブラックマジックワード「友達いないし」 
24 低い自己評価と自己矛盾に苛まれる毎日 
25 なぜ生きることはこれほど「しんどい」のか 
26 本当に人から嫌われているなら、これが理由だ 
27 人は自分に興味を持つ人に興味を持つ 
28 あなたが思うほど他人はあなたに関心がない 
29 人間関係に真剣になりすぎるからうまくいかなくなる 
30 人は「人間関係のイデア」を内側に抱いている 

4章 コミュ障とぼっちが生きるのが楽になる手がかり 

31 「どんな人も、すべての人に好かれるわけにはいかない」と開き直る 
32 「無償の愛をくれるのは両親だけ」と割り切る 
33 「信じて裏切られるのは普通」と腹をくくる 
34 「世界中が敵」に見えるのは気のせいです 
35 「他人のことを完全に理解するのは不可能」と考える 
36 「人に好かれれば儲けもの」くらいの心構えでいい 
37 「誰かが笑っていても」あなたのことではない 
38 「興味がない話」に興味を持ってみる 
39 「黄金の心」を持とう 
40 「たまにはバカに」なってみる 

5章 自発的にコミュ障とぼっちを何とかしたいと思ったら 

41 「子供である自分」を認識する 
42 「三重のプラスフィルター」で相手の発言を受け止める努力をする 
43 「全力でマジレス」しない。するからうざがられる 
44 「いつもと違う服・髪型・表情」にイメチェンする 
45 「馬鹿にされた」と感じても、柳のように流す 
46 「鈍感力」を養い、空気を読み過ぎないようにする 
47 「理想のペルソナ」を作って演じてみる 
48 「自分のいいところ」を探して紙に書く 
49 「人間が好きだった頃」を思い出す 
50 「自分が一番悪い」と感じたら、環境を変えてみる 

おわりに やはり「ぼっち」は最強なのだろうか 

 


 

はじめに 「コミュ障」と「ぼっち」の定義

 

 「人間嫌いの理由」……まったく、なんてタイトルなんでしょう!? どうしてあなたは本書に興味を抱いたのでしょうか? 「コミュ障とぼっち」、こちらも心をえぐるようなキーワードですね。身に覚えがある人にとっては。

 書店であれば、手に取るのを思わずためらってしまうようなタイトルの本書ですが、電子書籍ですから誰もあなたと本のイメージを結びつけるような人はいません。安心してくださいね。

 自己紹介が後になりましたが、私は電子書籍の個人作家で、特に何者でもありません。秋の夜長に虫の声を聞きながら「自分がコミュ障でぼっちなのは、何でだろう。どうして私の人生はこんなにも孤独になってしまったのか」と、考え始めたのが本書を書くきっかけでした。秋は、人に孤独を強く意識させるようです。

 本書のようなテーマは、本来であればどこかいい大学の心理学の教授や、百戦錬磨のカウンセラーさんが扱うようなものです。実際、心理学的根拠を求めたい場合や含蓄のあるお話を読みたい場合は、そういった先生方の著作をご覧になった方がいいと思います。

 ですが、頭のいい偉い人が「コミュ障とぼっち」を例に社会不安障害や対人恐怖症を語っていても、私にはどうもしっくりこないのです。「なんか、違うよなあ」、と。病名がつくと、逆に安心してしまう面もありますが、一応は病気ではないと思うのです。

 まず、「コミュ障」と言っても、いろいろなタイプがいます。

 社交的に見えるのに、表面上の関係しか築けずに個人的な深い関係がまったく作れないタイプ。

 人の目を見て話せない、話しかけるのも話しかけられるのも恐怖なタイプ。

 道で人とすれ違っただけで心臓がバクバク言うタイプ。

 無口で一人も友達がいないのに、ネット上では饒舌になって、たくさんのネット繋がりがあるタイプ。

 笑い声が聞こえただけで、自分が笑われていると思い込み、人前に出るのが怖くて引きこもるタイプ。

 初めは仲良くなれるのに、途中で人間関係がうっとうしくなって全部リセットして逃げるタイプ。

 ちょっと考えただけで、いろいろな人がいます。人の性格が千差万別なように、様々なタイプの人が「自分はコミュ障だ」と思っているのです。そして、周りとの永続的な人間関係がうまく築けなかった結果、「ぼっち」になります。

 私も、年齢を重ねるうちに「ぼっち」になり、今では仕事以外の他人との会話がないため、友達ができてもどう会話すればいいのか思い出せないほどです。そして自分自身が「コミュ障気味である」と感じています。

 仕事だと思えば、私は人と普通に話せます。内心では精神的抵抗感はありますが、仕事というのはある意味、テンプレ会話的なコミュニケーションが多いのでそこを踏み外さなければ安全なのです。

 ですがこれがプライベートな関係になると、皆目見当がつかなくなります。空気が読めない、あるいはあえて読まなかった発言をして相手をどん引きさせてしまった後、自分のような人間は他人様の前に出てはいけない、と布団を被って外に出たくなくなります。他人が恐ろしくなるのです。

 そのくせ、長期間引きこもっていると、だんだん人恋しくなり、誰かにかまってもらいたくなります。人と話すのが怖いのに、人と話すのが好きなのです。そこで思いきって人前に出てみると、話が合った相手が大好きになって、ひどく饒舌になることがあります。長い間会話をしていない人間は、たまに人と会うと異常なほどテンションが高くなりがちです。たいていの場合、相手との温度差が開き過ぎているので、重たい好意の嵐で再び相手をどん引きさせ、また私は頭から布団を被るのです。

 こんなことを何度も繰り返し、私は積極的に人と関わることを避けるようになりました。若い頃にいたごくわずかな友人たちは、結婚を機に音信不通になり、職場で知り合った仲の良い同僚たちも、どちらかの失職で縁が切れてしまいました。新しく友達を作ろうにも、作るきっかけや、作り方がわかりません。気がつけば、ひとり。「ぼっち」のできあがりです。

 私自身は「コミュ障でぼっち」と感じているものの、世の中は広いですから「コミュ障の中のコミュ障」を自認される方や、本当に通院が必要な方から見れば、私はまだまだ「コミュ障」ではないのかもしれません。

 でも、何となく感じるのが、そこそこのコミュニケーション能力がありながら、そして、人と話したいという気持ちを抱きながらも「自分はコミュ障であり、ぼっちである」と思っている方が、結構いらっしゃるのではないか、ということです。

 本当の意味で「コミュ障でぼっち」かどうかはともかく、自分自身が「コミュ障でぼっち」と感じること自体がその人の重荷であり、孤独や辛さを感じる原因となっているのです。そしてその中の多くの人が「自分のコミュ障を何とかして、ぼっちじゃなくなりたい」と考えています。

 本書では、「コミュ障」と「ぼっち」の定義をゆるく定め、「自分がそうだと感じている方」にします。「自称・コミュ障とぼっち」です。主観的に「コミュ障でぼっち」な人が、「人間が嫌いな自分」を理解するための50のリストをご案内しています。このリストを通じて、あなた自身の他人に対する反応を客観的に分析したり、新しい気づきが見つかれば、ご自分の内面への理解が進むでしょう。

 50のリストは「コミュ障とぼっち」を克服するためのものではありませんが、自分がなぜ「コミュ障でぼっち」になってしまったのか、原因がはっきりとわかれば、どこを改善すべきか自然に浮かんでくることがあるかもしれません。または、自分を深く理解することで、嫌いになりかけていた自分自身と仲直りできるかもしれません。あなたにとって、より良い形で活用してください。

 私のように「コミュ障でぼっち」と感じている方が、本書で少しでも人生が生きやすくなるきっかけとなれば幸いです。

 

 

1章 「コミュ障」のコミュ障たる所以

 

01 人間嫌いになってしまったのは、いつ頃から? どうして?

 

理想と現実のギャップを、集団生活で知る

 誰しも理想の人生を思い描く際に、「たくさんの良い友達に囲まれ、みんなに好かれる人気者になりたい」「何でも相談できる友情に厚い親友がほしい」「一緒にいて楽しくて安らげる、そして信頼できて尊敬できる友人と出会いたい」と、考えるのではないでしょうか。

 みんなと楽しく笑いあいながら、仲良く暮らしたい。そして、みんなからも好かれたい。

 あなたも、こんな気持をもっていませんでしたか? 

 ところが、人間関係への大きな期待とあこがれを抱いていたはずが、実際に集団生活に入ると、ことごとく裏目に出ます。初対面の人たちに囲まれて緊張でガチガチになり、隣にいる人に明るく爽やかに話しかけて社交デビューするはずが、強張った不自然なスマイルと震える声で「はじめまして……」と言うのが精一杯。

 冷や汗をかきながら会話についていくために首を縦に振り続けていると、周囲の人たちはいつの間にかグループを形成しています。徒競走で「よーい、ドン」とスタートを切ったかのように、周りの人たちは抜け目なく強い取り巻きをあっという間に作ってしまっています。

 隣にいる人は、あなたよりも明るく社交的な人とばかり話し続けており、いつの間にかあなたの存在は空気と同化しています。みんなが明るく楽しく、活発な会話のやりとりをする中、あなたはだんだん居心地が悪くなり、自分の居場所がないと感じ始めます。首をうなだれてシン、と沈んでいる暗いあなたに、声をかけたいという優しい人はいません。

 人間関係は、しばしばスタートで出遅れると、取り戻すのが大変です。学校や会社のように、同じメンバーと次の日も、そのまた次の日も顔を合わせる関係の場合、グループに入れず孤立すると毎日がどんどん辛くなっていきます。

 便宜上、「あなた」と言っていますが、これは実は「私」の体験でもあります。私はとても鈍くさい性格のため、集団生活ではいつもこのパターンで孤立していました。そして、集団生活において、人間関係の理想と現実のギャップを嫌というほど思い知らされたのです。

 

孤立すると、いじめられやすくなる不思議

 人間の心は、本当に不思議です。個々ではいい人なのに、集団になると、必ずと言っていいほど「イケニエ役」を作り出します。あなたの学生時代や、たくさんの人が働いている職場での経験を思い出してみてください。

 ひとりかふたり、集団生活に馴染めずにはみ出した人が、冷たい扱いを受けているのを目にしたことはありませんか? あるいは、仲良くしている人なら積極的に助けるのに、その人が何かに困ってまごまごとしていても、知らんぷりしてしまったことはないでしょうか?

 スクールカーストに支配された小学生の世界を描いた、衝撃の少女漫画、「校舎のうらには天使が埋められている(小山 鹿梨子著)」という作品がありますが、まさにあの世界です。教室の中の強者が「イケニエ役」を蹂躙することで弱者を支配し、ある種のヒエラルキーを形成しているのです。そこまでひどいいじめが現実に存在することはまれですが、集団の中で孤立してしまった人間は、「プチカースト」の最下層に分類されやすくなります。運悪く、人をつつくのが好きな人がその集団内にいた場合、孤立した最下層がターゲットにされる確率が高く、いじめに発展しやすくなるのです。

 鈍くさい私は学生時代、どこのグループにも属さずに孤立した時がありました。当然ながら、休んだ時に「ノートを見せて」と気軽に言える相手もなく、教室の急な変更を教えてくれる友達もいないので、半泣きになりながら学校をさまよったこともありました。さらに、こちらが何もしていないのに小突くように意地悪をする人が現れ、「私は何も悪いことをしていないのに、どうしてこんな目に遭わされるのだろう」と深く悩んだことがあったのです。

 何でなんだろう? 意地悪される理由は? 私が能力的に劣っていて、見ているだけでイライラするから? 運動音痴だから? 見た目がダサいから? 明るくハキハキと話しかけられないから? 他人なんて何を考えているかわからないし、怖い。人間なんて、キライだ……。

 そんな自問自答を続けました。ふと、家族にそんな胸の内を打ち明けた時、こんなことを言われました。

「あんた、それは一人でいるからさ。仲間を作らないから、そうなるんだよ」

 家族が何気なく言ったその一言は、私の胸に突き刺さりました。考えてみれば、動物たちが群れでいるのは外敵に襲われづらいからです。群れをなすことは、弱肉強食の世界ではひとつの自衛の手段なのです。

 その後、私はクラス替えを機にいち早く「仲間」を見つける努力をして運良くグループに入れてもらい、集団の中で卒なく過ごせるようになりました。たまたま仲良くなれた子が、浮き気味の私を仲間に入れて保護してくれたのです。家族が言ったように、私に「仲間」ができると、意地悪な人間は近寄らなくなりました。

 ですが、心の中では「いつか仲間はずれにされるかもしれない」という恐怖と、人間そのものへの不信感が育ち、心を許せるごくわずかの人以外とは距離を置いて接するようになったのです。

 あなたも、幼いころや若い時分に、心を傷つけるような人間関係のいざこざや、集団の中でうまくやることができない自分に気づいた経験があるかもしれません。しばしば、それが現在のコミュ障の原因となっています。若いほど心が柔らかいので、一生残る傷がつきやすいからです。

 

本心を隠して演技し始めることが、人間嫌いのはじまり

 人はたくさんのペルソナ(仮面)を持っています。親の前での自分、親友の前での自分、顔見知りの人の前での自分、職場での自分、恋人の前での自分、それぞれに対して、まったく違う顔を見せているはずです。

 年をとるにつれて、ペルソナの数が増えていきます。それは、本心を隠して演技しなければ、その属するコミュニティ内において仲間はずれになる可能性が高くなるからです。さながら、人はたくさんの仮面を使い分けて、仮面舞踏会で踊っているようなものです。

 しかしながら、ペルソナを被っていると、だんだん自分の本心と言動が乖離していくのを感じます。心にもないことを、その場の空気を壊さないためにしゃべるようになってしまうのです。正直な心を持っている人ほど、そんな自分が嫌になってきます。しまいにはそんな演技をしなければならない環境を作り出している場所や、周りの人間に対して嫌悪感を抱くようになるのです。もちろん、心の中の嫌悪感は、周りの人にとっては不当な感情です。自分もそれを薄々わかっているからこそ、葛藤が生まれます。

 葛藤から逃れるためには、演技をやめて本心を語りだすか、それとも人から離れて暮らすしかありません。人から離れて暮らそうとする場合、多くは代償を伴います。

 学生の場合は、登校拒否で引きこもりになり、学校を卒業できません。社会人の場合はホワイトカラーにはなれません。親に迷惑をかけてニートになるか、自営業で自宅でできる仕事を作り出すか、一攫千金を当てて山奥に引っ込む、など人の行かない裏道を選ぶことになります。ニートは楽そうに見えますが、親を不幸にしているという自覚がある場合、毎日が地獄になります。将来のことをクヨクヨ悩むタイプも、大変です。どんな道にも苦労はつきまといます。

 また、自分のペルソナではなく、相手のペルソナが剥がれることで大きなショックを受け、人間が嫌いになることもあります。相手もまた同じように、あなたの前でペルソナをつけて演技をしているのです。

 よくあるケースとしては、親友だと思っていた人が陰で自分の悪口を言っていた、心から信頼していた彼女が自分を裏切って二股をかけていた、素敵な人だと思っていたのに店員さんを怒鳴っている姿を見て一気に冷めた、など「あなたが理解していた相手の人物像」が崩壊してしまった場合です。

「こんな人だとは思わなかった」

「そんなことをやるなんて、がっかり」

「実は残念な人だった」

 相手に投影していた理想のイメージが崩れると、あなたの心の中に相手への非難の声が浮かび上がってきます。次に思い浮かぶのは「人間って、やっぱり嫌いだな。信用ならない」という思いです。

 ですが、ここで立場を入れ替えてみてください。

 もしもの話ですが、あなたが何かをやらかして、相手の中の自分のイメージ像を崩してしまったと仮定しましょう。そして、あなたにこれらの言葉が向けられます。

「こんな人だとは思わなかった」

「そんなことをやるなんて、がっかり」

「実は残念な人だった」

 ……あれ? と、思いませんか? あなたはきっと、その非難の声に対して「それは本当の自分ではないから」「あなたは私のことを理解していないから」「じっくりと自分の発言を見てくれれば、そういう意図でないとわかってもらえるはず」と反論したくなるはずです。

 お互いにペルソナを被って踊るダンスは、このようにちょっとしたズレで人間同士の軋轢を大きくします。自分は相手が期待しているような人間ではないし、がっかりさせてしまう。本当の自分の気持ちを理解してくれる人なんて、どこにもいやしない。どうして本心を晒しただけで、全否定されなきゃならないのか、わからない。

 悪意のない気持ちで接しても、本心を隠して別人のように振る舞うことが感情のすれ違いを積み重ね、やがては人付き合いそのものが怖くなっていくのです。あるいは交際そのものが面倒になっていきます。「人間嫌い」のはじまりは、案外、単純なものなのです。

 

 

02 実は嫌われていなかったのに、「嫌われている」と思い込む

 

自分の思い込みが、自分の首を締めている

 「コミュ障」と感じている人は、対人関係における成功体験が少なく、セルフイメージがおしなべて低い人が多いです。かく言う私もそうで、何も言われていないのに「私は周りの人たちから嫌われている。少なくとも好かれてはいない」と無意識のうちに思い込む傾向があります。

 理性の力で「そんなことはない。誰もそんなことは言っていないし、たいていの人は優しい」と気持ちを上書きするように心がけていますが、しばしば人とのやりとりで出てきた相手の発言を悪い方、悪い方に受け取ってしまいます。それは、自分に自信がないからです。自分が他人から好かれる人間ではない、と考えがちだからです。

 このようなマイナスのフィルターを持っていると、自分で自分を不幸にしてしまうものです。

 たとえば、仕事でミスをして上司に怒られた場合。上司はミスに対して怒ったのであって、あなた個人に対しては何も感じていないとしましょう。

 怒られた次の日の朝、あなたは上司に挨拶をします。ところが、上司がいつもよりもムスッとしていて、「おはよう」という挨拶もぶっきらぼうに言っているように感じます。そんな上司の様子を見て、「まだ怒っているんだ」とあなたは思い込みます。そして、その日は一日中、憂鬱で上司の顔色ばかり窺う日になります。あなたは上司のことが怖くなり、ストレスで出勤するのがもう嫌だとさえ思うようになるのです。

 ですが、真実は別なことが多々あります。その日の朝、上司の機嫌が悪そうに見えたのはあなたに何か含みがあったわけではなく、前日に酒を飲み過ぎて頭が痛い、といった個人的な理由だったりするのです。あなたはそれを自分の悪い方に勘違いして解釈してしまい、勝手に憂鬱になっていたに過ぎないのです。

 マイナスのフィルターは、自分で自分の首を締めるように、人生に呪われた思い込みをもたらします。本当は、嫌われてなどいないのです。誰もあなたのことを本気で1日中、嫌ったり、憎んだりしません。(相手がストーカー気質でなければ)たいていの人は、自分のことで精一杯で、さほど関心のないあなた(失礼。でも、あなたが思っているほど、周りの人はあなたに関心がない場合が多いのです)のことなど、考えてもほんの数分程度です。

 

人は皆、嫌うよりも、好きになりたいと思っている

 もし、あなたが本当に個人的に恨みを買ってしまうようなことをやってしまい、「この野郎!」と相手に言われても、24時間365日恨んで憎み続ける人間は、ごくまれです。(鬼畜な所業の場合は除く)些細なミスや感情の行き違いであれば、しこりは残っていても、数カ月後には怒りは去っています。怒りや憎しみを持ち続けるのは、多大なエネルギーを要するからです。健全な思考回路の持ち主であれば、「あんな奴のことにエネルギーを費やすのはもったいない。忘れちまおう!」と、嫌なことは忘れる努力をします。

 あなた自身もきっとそうだと思いますが、「誰かを嫌い」だと感じる負の感情は、できるだけ持ちたくないですよね? 誰かを嫌うのは、とても疲れます。誰も嫌いになんかなりたくないし、みんなと仲良くしたい、というのが理想の姿です。

「あの人はいい人だな。私はいい人たちに囲まれていて、ハッピーだ」

 できれば、こう思いながら暮らしたいのです。ストレスのない人間関係というのは、自分が常にポジティブな気持ちでいられるクリーンな環境です。信頼できる人、困っていたら助けてくれる人、大好きな人。自分にとって「いい人」といるのが理想なわけですから、「嫌いな人」ができてしまうと、空気が悪くなってしまいます。だからできれば「嫌いな人」は作りたくない、と本能的に考えるのです。

 対人関係では、一般的な初期設定として「嫌いになること前提」というネガティブからスタートすることはありません。あなたが見るからにおかしな振る舞いをしたり、相手を怖がらせるようなことをしない限りは、最初は好意的な目で見てもらえるはずです。相手も、できればあなたとうまくやっていきたい、と考えているのですから。

 

ネガティブな思考には、自分から質問をしてみよう

 ですから、「私はあの人に嫌われている」「みんなが私を軽蔑している」というネガティブな声が内側から響いた時には、それが事実に基づいたものか自分で自分に質問をしてみてください。

「私はあの人に嫌われている」→ 「あんたが嫌いだ」とその人からはっきり言われましたか? 

「みんなが私を軽蔑している」→ 「みんな」って誰? 誰がそんなことを話していたの?

「世間の人が皆、冷たい」→ 「世間」ってどこら辺? 冷たいと感じたのはなぜ?

 このように、あなたのネガティブな声に対して事実確認を行ってみると、本当にそれが確かな情報に基づいた考えだったのか、理論的に検証できます。「そういえば、嫌われているっていうはっきりした根拠ってないよな」と、自分の思い込みから物事を見ていたことに気づけば、しめたものです。マイナスのフィルターを引き剥がして、アンハッピー体質から抜け出してみましょう。

 

03 相手の「自分に対する感想」が怖いコミュ障

 

相手にどう思われるかが気になりすぎるコミュ障

 「コミュ障あるある(心の中にある辞典)」によると、「会話が続かず、沈黙が苦手。とにかく会話下手」と、コミュ障は絶望的な会話力のなさを嘆いています。一生懸命会話を続けようと思うあまり、力みすぎて自分ばかりしゃべりまくったり、あるいは相手にとって興味のないトピックで盛り下げてしまうことがあります。

 沈黙が10秒以上続くと、「ヤバイ! 相手につまらない人って思われてしまう。何か面白いことをしゃべんなくちゃ!」と焦りまくります。相手を楽しませよう、自分が面白い人だと印象づけたい、という思いはいつも空回りします。そして肝心の相手の話がまったく耳に入らなくなってしまい、相手から「この人、自分ばっかり話して、私の話を全然聞いていない」と逆に顰蹙を買ってしまうのです。

 コミュ障の会話に対する苦手感とハードルの高さは、ひとえに「自分に対する相手の感想が怖い」という恐怖によって育まれています。会話によって、できればいい人だと思われたい。面白い人だと思ってもらいたい。

 相手にそう感じてもらえたら、きっと自分は人に受け入れられたような気持ちになれる――コミュニケーションによって、自分の居場所を確保したいコミュ障の本能に基づくやり方と言えるかもしれません。

 

人は「自分に興味を持ってくれる人」に興味を抱く

 上手なコミュニケーション方法として、よく指南されているのが「聞き上手になること」です。あなたも、自分の話を真剣に聞いてくれる人がいたら、どんどん話したくなるし、相手に感謝の気持ちが湧いてきませんか? そして、散々話しを聞いてもらったからには、今度は相手の話を聞こう、という気分になってくるはずです。

 「私」の話をこんなにも興味をもって聞いてくれるこの人は、一体どんな人なんだろう?

 出発点は自己中な興味の持ち方ですが、人は常に自分を中心に距離を測るので、実際に他人に興味を持つ場合はこんな考え方をしているのではないだろうか、と私は想像しているのです。

 このやり方を活用すると、少々いやらしいやり方ではありますが、あなたが「この人と仲良くなりたい」という人とお近づきになる方法があります。それは、「私はあなたと、あなたがやっていることに(ポジティブな意味で)興味がありますよ」というメッセージを伝えることです。

 例を挙げると、相手がブログで趣味のプラモデル制作を熱く語っているとします。ネットで趣味について発信しているということは、少なくともその趣味について語り合える仲間を欲している、ということです。

 あなたがその人の人柄を好ましく思い、「仲良くなりたいなあ」と思った場合、ブログのコメント欄を通じて相手と接触するでしょう。その際、相手の記事がすごく興味深いこと、そしてさりげなく相手を持ち上げて、自分が相手に対して強い興味を持っていることを伝えます。(過剰な気持ちはNGです。どん引きされます)

 ブログをやったことがある方なら、コメントをもらうのはすごく嬉しいことなのがわかりますよね? まして、自分と同じものに興味を持っている人や、強い共感を示してもらえば喜びも倍増です。

 何度かコメントを投稿すれば、相手は必ずあなたに興味を抱きます。あなたもブログをやっていたら、相手は訪問してどんな人なのか知ろうとします。うまくすれば、このように自然な流れでコミュニケーションを取れるようになると思います。ポイントは、「相手に興味を持つこと・相手に自分が興味を抱いていることを知ってもらうこと」です。

 コミュ障にとって、リアルで会話をするのは冷や汗をかくことが多いですが、ネットを通せば案外上手に会話ができる人がいます。やりとりにワンクッション置くことで、自分と相手の発言を客観的に見やすいからです。

 

 

お試し版はここまでです。


 

 

 

人間嫌いの理由〜自称・コミュ障とぼっちが自分を理解するためのリスト50

 

のお試し版でした。

 
 
 
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